見沼の笛(見沼の伝説)       戻る

 
むかし、この辺りの見沼が満々と水をたたえていたころのこと。
夕暮れになると、沼のほとりのどこからか、美しい笛の音が流れてきました。
そして、その笛の音に誘われるかのように、村の若者が一人、また一人
と沼のほとりから消えていきました。

 村の若者はだんだんと少なくなり、お百姓もできなくなるほど少なくなりま
した。困った村人たちは、「これはきっと見沼の主が何かに怒ってなされる
に違いない」。見沼の主の心を静め、いなくなった若者たちを慰めるため供
養塔を建てることにしました。そして大きな石の塔を建てて、ねんごろに供
養しました。

 それ以後は、不思議な笛の音はぴたりとやんで、行方不明になる若者は
いなくなり、村は平和になったということです。
                             (公園入口の掲示板より)

 昔話通りの沼があったのでしょうか?見沼自然の家の周辺のようにアシ
原が多かったのでは? 江戸時代と言えば200〜300年も前のこと、アシ
が茂る前は沼だったのでしょう。 
 それと行方不明になった若者はどうなったのでしょか? 奴隷としてどこか
へ売られたのか、それとも食べられてしまったのか? 昔話では死んだもの
として供養塔が建てられたようですが。

東浦和駅(10:00)→通船堀公園(10:08)→芝川(10:20)→川口自然公園(10:45)
見沼自然の家(10:59)→大崎公園(11:15)→国昌寺(11:36)→緑のトラスト(11:50)
見沼自然公園入口(12:16)→締切橋バス停(12:41)

このコースは見沼用水沿いに歩くので道に迷う心配はほとんどなく、公園にトイ
レもあり、またバス停も各所にあるので適当な所でエスケープも可能。
駅を降りたらすぐに信号を渡って右に曲がり坂を下る。最初の信号の所を左に曲がるとすぐに右手に斜面林が見えてくる。橋を渡るとすぐに通船堀である。この辺りは最初は桜並木、次の屋敷林のケヤキなどがしげり、夏でも涼しそうである。
 やがて芝川と合流し、左に曲がり歩いていくと木の橋があるので渡り対岸を歩く。すぐに武蔵野線の線路のところで右に曲がり線路沿いに歩いていく。
 途中からガード下をくぐっていくと写真のようなトネリコの小道にでるが現在は工事中で通れない。下の写真のように用水路工事をしているのだ。工事が終わっても、この道が残っているか?である。
 マンションを目指して歩いていくと見沼用水沿いの道に出るのでそこのガード下をくぐる。
 すぐに、川口自然公園にでる。猫を捨てていく人が多いらしく猫2匹を見かけた。自然公園に池もあるが小さいためカモ類は全くきていない。左側の市民農園を見ながら歩いて行くと正面に屋敷林が見えてくる。見沼自然の家である。
見沼自然の家
 今日はここで餅つき大会をおこなっていた。ここから用水の右側を歩く。斜面が残っているの鳥の声も多く聞こえる。大崎公園の手前の道路は非常に車が多く、大勢の時は危ないので清掃工場のそばの信号の所まで行ったほうがよいだろう。
 菊の御紋のある開かずの扉で有名な国昌寺にある二つの市指定の記念物(石灯籠と菩提樹)
 この辺りには「見沼の龍神灯」の伝説がある。

 将軍吉宗の命を受けた井沢為永は、この辺りの見沼を干拓し、利根川から代わりの水を引く工事をしていました。ある晩のこと、為永は夢をみました。    下欄に続く
緑のトラスト1号地
 ここでは、しばらく流れを見ていると、カワセミがダイビングして魚を捕るのを見ることができます。
 ここが斜面林ものこる、唯一の原風景を残すところである。車も通らないので安心して歩けます。
見沼自然公園
 この公園ができた当時は全く、人工的で水鳥などがくる雰囲気では無かったが、アシなどの植物が茂るにつれバン、オオバンなどもくるようになった。ほかに見かけたのは小ガモ、カルガモ、ホシハジロ、オナガガモ、ユリカモメであった。ただし、パンくずを与える人が多いため、そばに人がいても上陸してパンくずを拾っているのは興ざめである。
締切橋の向こう側も、大宮霊園まで続くヘルシーロードになっている。加田屋新田と染谷地区も見沼の原風景に近い物が広がる絶好の探鳥地である。時間と体力のある人は大宮霊園まで足をのばすのも良いだろう。

 なお締切バス停は1時間に最低でも5本はバスが大宮まで通っているので時間をあまり気にしなくて良い。


            龍神灯 続き
 見沼の主で龍神という美しい女が現れ、
「私の住むところがなくなってしまう。新しい住処を探
すまで工事を中止してほしい・・・・」
と言います。

 来春の稲の作付けに間に合わせるためには、工事
は1日も休めません。
 そのうち工事に負傷者や事故が続出し、為永も病
に倒れてしまいました。
すると、また夢にさきほどの美女が現れ、
「お前の病を治してあげるから、私の頼みも聞いてほ
しい・・・」
といいました。
 困った為永は、龍神を慰めるため龍神灯をお供え
しました。

 この龍神灯は誰がつけるのやら、為永の宿舎にし
ていた片柳の万年寺の大松や、氷川女体神社の大
杉に、明々と灯ったということです。
  
                 国昌寺入口掲示板から


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